「note編集部お気に入りマガジン」に登録していただいた有料記事を、再編集を加えつつSneseにセルフ転載しました。

誰しもが抱える「コンプレックス」。敢えてそれについて語ることに、何か意味があるのだろうか?…そう思いつつも、言葉を拾い集めていくと、思いがけないヒントに出会えました。

長文ですが後半は写真もたっぷりなので、よろしければ最後までお付き合いくださいませ。

 


 

コンプレックスは、誰にでもある。

 

「気にしすぎだよ」という優しい言葉にさえ、「君には分からないでしょ」とお粗末な感情をぶつけてしまう。「乗り越えなきゃ」とは思いつつも、絶対に触れたくない、触れて欲しくない自分の一部。

「コンプレックスなんだよねぇ」と笑いで誤魔化せない域の傷が、予兆もなく生活の中で思い出される”醜い“部分が、誰にでもある。

 

「男らしさ」に置いていかれた僕

僕が「コンプレックス」という言葉を聞いて、まず頭をよぎるのは“体”だ。「男性にしては珍しい」と言われるくらい、自分の体を見ると気持ちが酷く塞いでしまう。僕がかなりの痩せ型であることは一目瞭然で、やけに細長い手足や狭い肩幅を、183cmという身長が変に際立てている。

コンプレックスの種は意外と自覚していないことが多くて、これに気が付いたのは中学校の終わり頃。それまではプールも大好きだったのに、「男子はここで着替えてな」っという先生の言葉に、無意識にため息をついていた。

体つきも顕著に変化を見せるこの時期だったけれど、逞しくて骨格のがっちりとした「男らしい体」なんて僕にはやって来なかったのだ。部活のチームユニフォームも、短いズボンが細い脚を一層際立てて、少しずつ恥ずかしくなっていた。

高校に入ってからは、体育の前後の着替えのタイミングともなると、誰もいない瞬間を待つか、無人の教室に忍び込んで大慌てで着替えた。服を脱いだ姿になるのは上半身が2秒、下半身が3秒のひとり珍競技だ。

男子の必修だった柔道なんて、考えるだけで1週間が憂鬱。そんな僕を他所に、周囲はどんどんと「男らしさ」に拍車を掛けていき、それと並行して「痩せすぎ」という言葉を投げられる頻度も増えていった。

そして、その言葉を浴び続けながらも「そんなこと分かってるよ」と言い返す強さもなかった僕は、それをコンプレックスとして迎え入れる他になかった。何度かならやり過ごせる言葉も、日常化するとじわじわと心に根を伸ばしてくる。

画像11

体を晒すことは、地獄でしかなかった。

─── 容姿への言及が鳴り止まぬ日常の中で、上手く蓋をしていたはずの過去も掘り起こされていった。

小学4年生の頃、転校先の小学校で僕は“しくった”。田舎から出てきたばかり、ただでさえ色眼鏡で見られる転校生という立場でありながら、僕は新しい環境に順応できず、“虐め”というものを経験した。

小学生という小さな世界の住人にとって、転校生はいつだって異星人であり、多くの場合は標的なのだ。

当時から既に青白く細長かった僕は、そこに付け込まれた。いじめっ子は“暇つぶし”の切り口にそれを選んだに過ぎないけれど、その手持ち無沙汰が、心の奥底に醜い傷を刻んだのだ。

 

小学校卒業と同時に再び引っ越しをしてからは、その傷も徐々に姿を消していった…はずだった。

トリガーとは不意に訪れるもので、「男らしさ」に置いていかれた柔な高校生活の心に根を伸ばした言葉たちは、とうとうそのトラウマにまで侵食していった。

 

──そんなの後付けだ。

そう言い聞かせて、何度も否定し続けた。

目をそらしながら。

耳を塞ぎながら。

それでも、ダメだった。

全然ダメだった。

 

浴びせられた鋭利な言葉が、掃除の時間にかけられた冷たい水が、机に書かれた落書きが、全て溢れ出た。止まらなかった。

そして、その経験の全てを「自分の体のせいだ」と感じてしまった。

思ったのではない。そう感じたのだ。

 

画像12

 

──大学に入ってもそれは変わらず。ゼミ合宿でも、他の男子がお風呂に行くのを後ろから見送っていた。本当はくだらない話をしながらぶら下がって行きたかったのだけれど、恐怖がそれに勝った。

腕を掴みながら「めっちゃ細いねぇ!ひょろひょろじゃ〜ん」なんて言われれば「え、キモっ。死ねよ」に聞こえるし、初めてできた恋人に「私より細いねぇ!」と太ももを掴まれた際には、底知れぬ恐怖に吐き気さえした。それが僕にとって「細い」が意味するところなのだ。

 

体を晒すことは、地獄でしかなかった。

 


舞台は変わって

──大学4年生の秋、僕はフィンランドの首都、ヘルシンキにいた。

急に海を渡ったが付いて来て欲しい。イギリスをふらふらと旅していた僕に、友達のヴィッレが「今はフライトも安いからおいでよ!」と声をかけてくれたのだ。

彼のアパートに入り浸っていたある朝、目を覚ますと彼がオーツミルクを注いだ珈琲を持ってきてくれて、子どものような笑顔でこう言った。

「フィンランドっぽいこと、しようよ」

そう言って見晴らしの良い部屋の窓から指差した先には、海辺にあるウッド調の建物が佇んでいる。

 

…サウナだ…

 

画像2静謐なアパート。首都の中心とは思えないほど、穏やかな時の中に佇んでいる。 

 

「サウナは必須だよ!」と行く前から念押しをされていたのだけど、もちろん乗り気にはなれなくて、正直はぐらかしていた。

けれど、仕事の合間を縫って拵えてくれた、このお誘いを断るなんて不躾なことは出来っこない。

 

 

──あれよあれよとことは進み、ヴィッレの仕事が終わった午後に現地集合。

ヘルシンキに降り立った夜にパーティーで紹介してもらったヤスミンが先にやって来て、二人でしばしの間、雑談をした。普段からすっぴんが多いらしい彼女だけれど、表情の豊かさ故か、とても華のある人だ。

「ここのカフェのサラダが衝撃的な美味しさなの!」と熱弁する彼女の話し声に少し緊張がほぐれたけれど、頭の中は正直、この後のことでいっぱい。

ましてや、ヴィッレはモデルの仕事をしている。街に大きなポスターが貼られているような人の横に並ぶだなんて…

そんなことを思っているうちに彼が遠くから手を振ってやって来た。「お待たせぇ。気にいってくれるかなぁ」とニコニコの彼。

 

とうとうだ…

 


「ここなら大丈夫」と言わんばかりに。

──清潔感のある脱水室には細長いロッカーが5メートルほど続いていた。

ユニセックスの場所もあるらしいけれど、ここは男女で更衣室も別れている。そうそう、ヘルシンキでは比較的新しい建物だと、お手洗いも男女で別れていないんだよ。

10代と思わしき若者からお年寄りまで、程よく混み合った更衣室で恐々と服を脱いでパンツ一枚になる。

「You’re so skinny(ほっそいねぇ)」くらいは言われるだろうと覚悟をして、防御体制に入るための深呼吸を一つ。

「どうしよう、顔が引きつってるのなんて見たら立ち直れないよ」

不安な気持ちを涼しげな顔で必死に隠して、更衣室を出る。

 

 

…ところが、ヴィッレは何も言って来なかった。

 

 

あれ?

 

 

「ヤスミンが待ってるよ。早く〜」

「え、あ、うん」

水着に着替えたヤスミンと合流して、3人でシャワーを浴びる。

「ヴィッレも慶も準備万端だね。今日は意外とあったかいから楽しめると思う」

「え、あ、うん。よ、良かった」

画像10

 

サウナで汗を流したらプールや海に入って、それを繰り返すのがフィンランド流。9月といえど、日本育ちの僕には、気温8℃の曇り日に海に飛び込むのは正気の沙汰じゃない。「意外とあったかい」とは…

 

少しでも骨が浮き出ない姿勢をと工夫した努力も虚しく、あまりの寒さに背中を丸める。

身震いする僕を見て笑う2人の声が、ヘルシンキの夕空に響いていた。

笑っている…僕を…けれど、この傷を作った笑い声とは、まるで違う。

 

暖かい。

 

笑い声が、暖かい。

 

 

「これでやっと『フィンランドへようこそ!』って思えるよ」

ヴィッレは海へ飛び込み、それにヤスミンが続き、僕を手招きしている。まるで「ここなら大丈夫だよ」とでも言わんばかりに。

 

ヴィッレ「This is so cool!!(すっごく良い気分だよ!)」

ヤスミン「This is so refreshing!!(すっごく頭がスッキリする!)」

僕「This is so insane!!(すっごく頭がおかしいよ!)」

 

僕らの会話を聞いていたスタッフが思わず吹き出す。

僕の心は少しずつ、ぎこちなく、ほぐれ始めていた。

 

(いやめちゃめちゃ寒いんですけどね…)

サウナはここ:https://www.allasseapool.fi/fi/

“Ugly”って何だろう。

その後も何度か海とサウナを行ったり来たりして、プールの中でお喋りに花を咲かせた僕たち。普段の生活のこと、僕が出会う前のヴィッレのこと、ヤスミンがインドを巡っていた頃のこと。色んなことを話した。

「あの建物は最近できたんだけど、ブサイク(ugly)だよね」

何気ない会話の中、ヤスミンが眉に皺を寄せる。「ん?どれ?」と尋ねる僕に「あれだよ。正に“ugly”だよ」と長い髪をかき上げながらヴィッレが答える。そして「何よりharmonise(調和)されていない。そう思わない?まぁ、もちろん調和してれば良いって訳でもないんだけどね」と続けた。

綺麗な建物だ。言われてみればなんとなく他の建物と喧嘩をしているけれど、ピカピカで整っているとも形容できるあの建物が、これが、2人には醜い(ugly)のか。ハーモニーを奏でることをしない姿勢が、視覚的な特徴のよりも、“ugly”の物差しになるのか。

 

自分の中で凝り固まったものが、グラグラと揺らぎ始める。

 

幾多の地を旅して、色々な人たちと時間を過ごしてきた2人は、決して多様性を恐れるような人達ではない。深読みかもしれないけれど、ここでいうハーモニーも「空気を読む」や「一緒くたにする」ではなく、「美しく共存する」ことなのかもしれない。そう思った。

画像2ヴィッレとの出会いは何と浅草。彼がアジアを旅していた頃。

──“Ugly”って何だろう。馬鹿にされないように、後ろ指を刺されないようにしていたのは、当時の小さな世界の“Ugly”に、たまたま僕が当てはまったからだったのかもしれない。

いじめっ子に対して僕が攻撃的だったことは一度だってない。「美しく共存する」なんて綺麗なものじゃなくても、「お前も〜じゃないか」なんて相手にコンプレックスを与えて反撃したことはない。

少しエゴっぽいけれど、そういう意味で、あの日の僕は“Ugly”ではなかったんじゃないだろうか。そう思った。やっと肯定できた気がした。自分で、自分を。

 

「そうだね、確かにブサイクだ。すっごくね」

 

暫くの間を置いて息を吐くようにして答えた僕は、仰向けになって水に浮かんだ。肋骨が目立つ姿勢だ。空を覆っていた曇が少し透けて、その存在が確認できる程度の僅かな光が空に浮いていた。

画像7

画像8

 


ヘルシンキで出会った“美人”の過去

──次の日、パーティで知り合った新しい友達、タラと遊びに出かけた。あの夜、誰よりも激しく踊っていた彼女とは、帰りのトラムで隣同士になって打ち解けた。

話の弾みで「大学でジェンダーについて齧っている」と話をしたところ、タラはすごく興味を持ってくれた。「よ!ジェンダーギャップ121位!」と掛け声を上げたくなるほど男女格差のある国だ、政治にも多くの女性が参加するフィンランドで生まれ育った彼女からすれば、不思議な異国であろう。

画像3空港に着いた5時間後にお邪魔したパーティー。ジャスティン・ティンバーレイクが流れると皆んな大盛り上がり。

集合場所は中央駅。方向音痴なので分かり易いところを、とお願いした。その後昼過ぎに散歩をした海辺の街は、物語の中に入り込んだかのような穏やかな雰囲気に包まれていた。

「私、これすごく上手いの。掴まって」という彼女の肩にしっかりとしがみつき、電気スクーターに乗って海辺や街を走り回る。中学生の頃、初恋に破れた思い出のスポットを爆笑しながら紹介し、行きつけのメキシカンバーや大きな図書館もお勧めしてくれて、お気に入りのカフェにも連れて行ってくれた(ヤスミンが食べてたサラダ、ここにあったのね!)。

画像4

画像5ヘルシンキ中央図書館『Oodi』  ベビーカー専用の広いスペースやレンタルスタジオに加え、ガラス張りの壁も印象的。なんと入場無料…

老若男女が行き交うモールの広い通路を通り抜けた時には、「出産」がテーマの展示会が行われていた。

人間美でいっぱいの写真を眺めながら、僕が「これね、変な話だけど、日本でやったら“エロ”って類にされちゃうと思う。コンビニにはそういう雑誌も売ってるんだけどね」と言った時の彼女の頭を「?」が埋め尽くしていたのは一目瞭然。

彼女が「私、オーロラ見たことないの」と言った時の、僕の顔もあんな感じだったのだろうか(北部に行かないと滅多に現れないし、ムーミン愛が特に深い訳でもないとのこと。なんと)

 

(撮影者にInstagramでDMしたところ、出産に関して少しタブー的な雰囲気があるのはフィンランドでも同じらしく、挑戦的な意図もあったとのこと。それでも、モールがそれを受け入れるくらいには進んでいる)

──日が暮れて、散歩をしながら、自分がどんなことに幸せを感じて、自分のどこが好きで、どこを直したいか、言葉を交わし合う。

すると、細身で“美人”な彼女は、摂食障害を患った過去があるほどの体型コンプレックスの持ち主だと明かしてくれた。

 

彼女も自分の体が大っ嫌いだったのだ。

 

「『鍛えれば良いじゃん』とは言われるんだけど、極めて太りやすい体質の人が“理想の体”を維持するのって難しいじゃない?それと同じで、すぐに痩せてしまう人にとっても、体型の維持は至難の技なんだよね。沢山食べようとした結果も散々だったし。それでも痩せ型体質の人の苦労は、あんまり理解されない。むしろ『羨ましい』なんて言う人もいるし、勘弁してよってね」

それに関して、あまり多くを語らなかったタラ。しかし、陽の気を人の形にしたような彼女の瞳に映る光は、その一瞬だけ、どこか遠くへと身を潜めた。

 


「幸せの国」なんてない。でも、だからこそ、

「幸せの国」とも謳われるフィンランドは、その異名に引けを取らない福祉や育児支援の充実度に加え、「美」のあり方や「男/女なのに」にもあまり囚われない国民性で知られている。容姿について言及する文化の極めて薄く、交通機関やあちこちに「完璧な男女」を貼る風習もない。

プールでの素朴な会話はそれを象徴するような出来事だったし、街ゆく中でも、実際にそう感じさせる小さな出来事や言葉がポツポツと転がっていた。

けれど、その現実の一方で、この国に「美」や容姿から来る虐めが全くないのかといえば、決してそういう訳でもない。

正直、この旅に出るとき、僕は日本というリアルから逃げるようにして空港を後にしていた。

どんなにコミュニティを選んでも、日常の中からかき消すことのできない言葉が、雰囲気が、日本にはあった。そして、その全てから自分を守ろうとして、必死に壁を築き上げていた。

けれど、「日本と海外」なんて構造は、やっぱり存在しない。

“きらきらの異国”にだって、その地の現実問題、リアルがあり、そこで誰もが傷つけ合い、いたわり合っているのだ。どこへ逃げたって、みんな、必死で戦っている。時に涼しい顔でボロボロの傷を隠しながら、時に人知れず涙を流しながら。

彼女を見て、そんなことを思った。

画像12

とは言えど、この尊い出会いたちが、僕をちょっぴり強くしてくれたこともまた事実。そして、自分と同じ悩みを抱えた人が、遠く離れた“理想郷”にもいるというリアルに「もう少し、前に進んでみない?」とそっと手を差し伸べてもらった気がする。

僕は、その手をしっかりと掴んでいきたい。

数ある世界と価値観の中で僕たちにできるのは、自分で自分の物差しを選んでいくこと。

きっと、それだけだから。

画像13

電車の駅で彼女とさよならをした後、泣く泣く購入した北欧価格のトラムチケットをポケットにしまい、寒い夜道をゆっくりと歩いて帰った。一日の残り香を、少しでも長く身にまとっていたかった。